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滋賀県・長浜

今浜から長浜へ。秀吉が最初に築いた城と、その石垣の行き先をたどる旅

長浜は滋賀県の城下町です。天正元年(1573)、浅井氏の領地を拝領した羽柴秀吉は、今浜を長浜と改め、琵琶湖岸に城を築きました。秀吉が最初に築いた居城です。その城はのちに取り壊されますが、石垣や門は別の場所に移って残ったと言われます。地名の始まりと、城の行き先をたどります。

基本

所在地 長浜は滋賀県にあります。

行き方

  • 慶雲館 長浜駅西口から南へ徒歩3分。
    2026-09-24確認[3]
長浜城。天正元年(1573)、羽柴秀吉が今浜を長浜と改めて築いた、秀吉が最初に築いた居城の名を伝える
長浜城。天正元年(1573)、羽柴秀吉が今浜を長浜と改めて築いた、秀吉が最初に築いた居城の名を伝える[1]

旅の輪郭

舞台は長浜城の城跡と、その城下にある大通寺・知善院、長浜駅前の像、慶雲館です。本編は、今浜城から長浜城へ、城下町の始まり、取り壊しと遺構の行き先、そして城下で生まれた主従の逸話。10月に訪ねるなら、10月11日の豊公まつりに合わせるかどうかで過ごし方が変わります。移動の所要時間は、この記事では扱っていません。

秀吉が初めて持った城

今浜が長浜になった年──長浜城歴史博物館

長浜城は、もとは今浜城といい、南北朝時代の延元年間に、佐々木佐渡大夫判官高氏(京極道誉)が築いたのが始まりです。天正元年(1573)、浅井氏の領地を拝領した羽柴秀吉が、今浜を長浜と改めて城を築きました。秀吉が最初に築いた居城です。

秀吉が琵琶湖岸に建てた長浜城は水城で、本丸には天守と御殿がありました。長浜城主の時代に、秀吉はここから北陸攻めや中国攻めへ出陣しています。天正11年4月の賤ヶ岳の戦では、この城を根拠地としました。湖に面した城から各地へ出ていった、と考えると、湖岸に立ったときに城の向きが気になってきます。

長浜城歴史博物館の営業時間・料金
営業時間開館時間は午前9時~午後5時(入館受付時間は午後4時30分まで)。
2026-09-24確認[2]

商人を集めて開いた城下──長浜の町

いまの長浜の基礎は、秀吉が小谷城下などの商人たちを集めて作った、楽市の城下町にあります。地名を改め、城を築き、町に人を呼び寄せる。城と城下が同じ時期に形づくられた町だと考えると、城跡から町へ歩くときに、ひとつながりの計画として見えてきます。

城主は秀吉のあとも続き、天正13年から同18年までは山内一豐が在城しました。

城の石垣と門の行き先

取り壊された城の、その後──大通寺・知善院

豊臣氏が滅んだあと、長浜城は取り壊され、石垣などは彦根城の建設に使われました。大通寺の台所門、知善院の表門、そして彦根城の天秤櫓は、長浜城の遺構と言われます。

城跡で城の姿を想像したあと、城下の寺に残る門を見に行くと考えると、なくなった城の一部にいまも触れられる順路になります。彦根城の天秤櫓まで足をのばすなら、長浜城の話を彦根でも続けられます。

三度の茶で召し抱えられた家臣──秀吉・三成出逢いの像

長浜駅前には、秀吉と三成の出逢いをモチーフにした像が、昭和56年9月に建てられています。長浜市石田町に生まれた三成が、秀吉に三度お茶を差し出し、その心配りから召し抱えられた。「三献の茶」と呼ばれる逸話として伝わります。

長浜で生まれた三成が秀吉に仕えるきっかけとして伝わる話と考えると、駅に着いて最初に目にする像が、長浜城の時代の入口になります。

総理大臣が名付けたと伝わる館──慶雲館

時代は下って明治の長浜。慶雲館は尾張産の総檜造り、寄棟造の建物で、当時の内閣総理大臣・伊藤博文が「慶雲館」と命名したと伝わります。この館の歴史を紹介する施設の公式ページは、浅見家を長浜の豪商に育て、開知学校や銀行の設立、鉄道の敷設に尽くした浅見又蔵を「長浜近代化の父」と紹介しています。

秀吉が開いた商人の町が、明治にも商人の力で次の形を探した、と考えると、城跡の話のあとに慶雲館を訪ねる意味が見えてきます。10月18日までは竹灯り展が開かれています。日程はこの秋の催しで確かめてください。

嫁ぎ先へ届けた焼鯖と、祭りの一皿

長浜には「五月見舞い」といって、農家に嫁いだ娘のもとへ、娘を案じる親が焼鯖を届ける風習があります。その焼鯖とそうめんを炊き合わせて作るのが「焼鯖そうめん」。長浜の郷土料理で、長浜曳山まつりで客人をもてなすハレの日の一品でもあります。

秀吉の城とは別の、町の暮らしから生まれた味です。城跡と門を見て回った日の食事に選ぶと考えると、城主の話と町の人の話が一日の中にそろいます。

過ごし方:駅前の像から、城跡と門へ

長浜駅に着いたら、まず駅前の秀吉・三成出逢いの像へ。「三献の茶」の話を知ってから、琵琶湖岸の長浜城へ向かいます。

午前は長浜城歴史博物館へ。今浜から長浜への移り変わりを思い出しながら、湖岸の城跡を歩きます。昼は焼鯖そうめん。午後は大通寺の台所門と知善院の表門を見て、取り壊された城の行き先をたどり、最後に慶雲館へ。

10月11日は豊公まつりの日です。賤ヶ岳合戦の凱旋を表した秀吉公や賤ヶ岳七本槍などの武者行列が、お昼頃に豊国神社を出発し、長浜八幡宮まで練り歩いて豊国神社に戻ります。同じ日には長浜火縄銃大会も開かれます。城の章で読んだ賤ヶ岳の戦を、行列で見る日にするかどうかを先に決めておくと、旅程が組みやすくなります。

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この旅の続きを、どこに泊まる?

城跡と駅前を起点に歩く旅なら、長浜駅の側に泊まると、駅前の像や城跡を起点にしやすくなります。車で動く日なら、高速道路のインターチェンジの側という選び方もあります。

この秋の催し

日程は出典先で最新をご確認ください。

9月16日〜10月18日
会期末・10月18日まで
竹灯り展
慶雲館にて竹灯り展が開催される。
[3]
10月11日
終了
第41回長浜火縄銃大会
現在は国友、種子島に加え彦根、堺の鉄砲隊による火縄銃大会が行われている。
[4]
10月11日
終了
豊公まつり
豊公まつりでは、賤ヶ岳合戦の凱旋を表現した秀吉公や賤ヶ岳七本槍などの武者行列・稚児行列が行われ、行列の途中と最後には餅撒きを行う。行列は、お昼頃に豊国神社を出発し、長浜八幡宮まで練り歩き、豊国神社に戻る。
[5]
11月7日〜11月30日
2026年の開催予定
2026年梅アート展
慶雲館にて2026年梅アート展が開催される。
[3]
1月10日〜3月10日
2027年の開催予定
第76回長浜盆梅展
慶雲館にて第76回長浜盆梅展が開催される。
[3]
旅支度と出典(営業時間・料金・アクセス・注意)

知っておきたいこと

  • 慶雲館長浜駅西口から南へ徒歩3分。
    2026-09-24確認[3]

営業時間・料金・アクセス

金額・時間は確認日時点のものです。出かける前に出典先でご確認ください。

長浜城歴史博物館

営業時間開館時間は午前9時~午後5時(入館受付時間は午後4時30分まで)。
2026-09-24確認[2]

秀吉・三成出逢いの像

見どころ二人の出逢いをモチーフに昭和56年9月に駅前に建立された
2026-09-28確認[6]

今浜から長浜へと名を改めた年、琵琶湖岸の水城、取り壊されて彦根城や城下の寺に移った石垣と門。長浜は、秀吉が初めて持った城の跡を起点に、なくなった城の行き先まで歩いてたどれる土地です。

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情報について

この記事の由来・営業時間・催しは、自治体・観光協会・施設の公開ページを確認して書いています(最終確認 2026-09-28)。訪問して得た感想は書いていません。当サイトはアフィリエイト広告を利用しています。リンク先での予約・購入により当サイトに報酬が入ることがあります。誤りはお問い合わせから。

注

  1. 写真:663highland(Wikimedia Commons・CC BY 2.5)・利用条件
  2. 施設公式 nagahama-rekihaku.jp(2026-09-24確認)
  3. 施設公式 kitabiwako.jp(2026-09-24確認)
  4. 観光協会 kitabiwako.jp(2026-09-14確認)
  5. 観光協会 kitabiwako.jp(2026-09-14確認)
  6. 観光協会 kitabiwako.jp(2026-09-28確認)
  7. 写真:Martin Falbisoner(Wikimedia Commons・CC BY-SA 4.0)・利用条件
  8. 写真:京浜にけ(Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)・利用条件
  9. 写真:mahlervv(Wikimedia Commons・CC BY 3.0)・利用条件
  10. 写真:663highland(Wikimedia Commons・CC BY 2.5)・利用条件
  11. 写真:KENPEI(Wikimedia Commons・CC BY-SA 3.0)・利用条件