
舞鶴城から、くんちの曳山と唐津焼へ。唐津の城下をたどる旅
唐津は佐賀県の城下町です。慶長7年(1602)に築かれた唐津城は、東西に伸びる松原が両翼を広げた鶴のように見えることから「舞鶴城」と呼ばれてきました。城主の時代に奉納された曳山の祭りと、港から西日本へ運ばれた焼き物。城を起点に、祭りと器の由来をたどります。
基本
所在地 唐津は佐賀県にあります。
行き方
- 旧高取邸 バス約10分、「城内二の門」下車徒歩5分
2026-10-08確認[4]

旅の輪郭
舞台は唐津城と、その城下にある唐津神社、鏡山の鏡神社です。本編は城の成り立ちと、唐津神社の秋の例大祭「唐津くんち」、そして唐津焼。秋に訪ねるなら、11月2日から4日の唐津くんちの期間を旅程に入れるかどうかで過ごし方が変わります。移動の所要時間は、この記事では扱っていません。
鶴の翼に見立てられた城
秀吉の家臣が築いた城──唐津城
唐津城は、豊臣秀吉の家臣・寺沢志摩守広高が、慶長7年(1602)から7年の歳月をかけて築いた城です。東西に伸びる松原が、両翼を広げた鶴のように見えることから、別名「舞鶴城」と呼ばれています。城を訪ねたら、天守閣だけでなく、東西に伸びる松原と城の並びに目を向けると考えると、この別名の意味を確かめながら歩けます。
城主には寺沢のあと、大久保、松平、土井、水野、小笠原の諸氏が任ぜられました。築城当初、唐津城に天守閣はありませんでした。いまの天守閣は、昭和41年(1966)に文化観光施設として建てられたものです。
| 休業日 | 休館日は12月29日から12月31日まで。 2026-09-14確認[2] |
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朱印状と唐津焼を見る──唐津城天守閣
天守閣の中は郷土博物館になっていて、唐津藩の資料や唐津焼などが展示されています。甲冑や肥前刀とともに、豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に寺沢広高に宛てた朱印状も公開されています。
城を築いた寺沢広高と秀吉の関係、そして朝鮮出兵。この二つは、あとで読む唐津焼の歩みにもつながります。天守閣で唐津焼を一度見ておくと考えると、城下で器を選ぶときの目が一つ増えます。
城主の時代に生まれた祭りと、古い社
赤獅子から始まった曳山──唐津神社
「唐津くんち」は、唐津神社の秋季例大祭のことです。くんちとは「供日」が九州の方言で訛ったものとも言われ、秋の実りを神様にお供えして五穀豊穣に感謝する祭りとされています(諸説あります)。
御神輿で御旅所にお渡りになる御神幸、いまの唐津くんちの原型が始まったのは、江戸時代の寛文年間(1661〜1673)と伝えられています。いまに伝わる曳山の始まりは、文政2年(1819)。初代小笠原長昌が城主のとき、刀町が1番曳山の赤獅子を完成させ、唐津神社へ奉納しました。城の章で読んだ城主の家のひとつ、小笠原氏の時代に、祭りの姿が形づくられたことになります。
2026年の唐津くんちは11月2日から4日までの予定で、唐津神社や御旅所のほか市内各所が会場です。日程と時間はこの秋の催しで確かめてください。
神功皇后の祈りから始まった社──鏡神社
鏡神社は、神功皇后が戦勝を祈願するために、鏡山の山頂に祠を建てたのが始まりと伝えられています。唐津で最も古い神社で、源氏物語の「玉鬘の巻」にも歌が詠まれています。社宝の絹本着色楊柳観音像は、国の重要文化財に指定されています。
城が築かれるよりずっと前から、この土地で祈りが続いていたと考えると、城下の祭りとは別の時間の流れが見えてきます。
「からつもの」と呼ばれた唐津焼と、呼子のいか
唐津焼の始まりには諸説ありますが、近年の研究によると、1580年代頃、岸岳城の城主・波多氏の領地で焼かれたのが始まりとされています。豊臣秀吉による朝鮮出兵の際に朝鮮の陶工を連れて帰り、その技術を取り入れたことで、唐津焼は生産量を増していきました。
唐津港から積み出された唐津焼は、京都・大阪をはじめとする西日本に広がり、焼き物のことを総称して「からつもの」と呼ぶほどになりました。城を築いた寺沢広高が仕えた秀吉の朝鮮出兵は、器の歩みにも関わっています。天守閣で見た唐津焼を思い出しながら、旅の土産に一つ器を選ぶと考えると、城と器が一本の話になります。
食事の寄り道には、呼子のいかがあります。旬は1年中ですが、種類によって時期が異なり、ケンサキイカ(地方名ヤリイカ)は4月中旬頃から10月中旬頃、アオリイカ(地方名ミズイカ)は10月中旬頃から4月中旬頃とされています。秋に訪ねるなら、ちょうど種類が入れ替わる頃です。
過ごし方:城から神社へ、くんちの日を選ぶか
まず唐津城へ。松原の広がりから「舞鶴城」の名を確かめ、天守閣の郷土博物館で秀吉の朱印状と唐津焼を見ます。
続いて唐津神社へ。唐津くんちの期間なら、唐津神社や御旅所をはじめ市内各所が祭りの会場になります。期間外なら、城主の時代に奉納された曳山の始まりを知ったうえで、神社に参ると考えると、祭りの日を想像しながら歩けます。
もう少し時間があれば、鏡山の鏡神社へ。土産の唐津焼は、城と神社を歩いたあとに選びます。
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この旅の続きを、どこに泊まる?
城下を歩く旅なら、唐津城や唐津駅の側に泊まると、城と神社を起点にしやすくなります。器の話を宿でも続けるなら、唐津焼の器で料理を出すと案内している宿を選ぶのも一つの考え方です。
この秋の催し
日程は出典先で最新をご確認ください。
| 11月2日〜11月4日 2026年の開催予定 | 唐津くんち 日程は2026年11月2日(月曜日)から11月4日(水曜日)。開催日時は11月2日(月)19時30分から22時、11月3日(火・祝)9時30分から16時30分、11月4日(水)10時から17時30分。開催場所は唐津神社(唐津市南城内3-13)、御旅所(唐津市富士見町12)他市内各所。 [3] |
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旅支度と出典(営業時間・料金・アクセス・注意)
知っておきたいこと
営業時間・料金・アクセス
金額・時間は確認日時点のものです。出かける前に出典先でご確認ください。
唐津城
| 休業日 | 休館日は12月29日から12月31日まで。 2026-09-14確認[2] |
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唐津城天守閣
| 営業時間 | 午前9時~午後5時 2026-10-08確認[2] |
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旧高取邸
| 休業日 | 月曜日(月曜日が祝日のときは開館、翌日休館) 2026-10-08確認[4] |
|---|---|
| 料金 | 一般520円、小中学生260円、未就学児無料 2026-10-08確認[4] |
| 営業時間 | 9時30分~17時00分 2026-10-08確認[4] |
| 見どころ | 和風を基調としながら居住棟に洋間を持つという近代和風建築の特色を備える一方、大広間に「能舞台」を設けるなど、他に類を見ない構成を持つとともに、意匠を凝らした杉戸絵や欄間など見どころが多いのが特徴 2026-10-08確認[4] |
鶴の翼に見立てられた城、城主の時代に奉納された赤獅子、西日本で「からつもの」と呼ばれた焼き物。唐津は、城の成り立ちを知ってから歩くと、祭りと器が一つの城下の歩みにつながる土地です。
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情報について
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注
- 写真:mahlervv(Wikimedia Commons・CC BY 3.0)・利用条件
- 自治体 city.karatsu.lg.jp(2026-09-14確認)
- 観光協会 asobo-saga.jp(2026-09-14確認)
- 自治体 city.karatsu.lg.jp(2026-10-08確認)
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